[RU]イヴァンゴロド/陸路

イヴァンゴロドの出国印

ロシアを車で横断した。1か月近く滞在したロシアを出国したのはイヴァンゴロド。イミグレの職員は、ロシアの入国印がウラジオストックである事に気付き「ウォ!」と声を上げたが、車のナンバーが日本である事は気にも留めず、特に何も詮索されず出国印を押してくれた。(2004/8/29)

ロシア・エストニア国境とイヴァンゴロド

1917年のロシア革命でロシア帝国が崩壊。エストニア人独自の自治を求める運動がおこり、1918年エストニア共和国成立。ロシアとエストニア間のタルトゥ条約(1920年)で、エストニア人が多く住むヤーニリン(現/イヴァンゴロド)の町を含むナルバ川東岸もエストニア領と認められ、国境線は現在のものより東に引かれた。しかし1940年、ドイツからの侵攻を防ぐ名目でソ連軍が進駐。1941年はドイツ軍がエストニアに侵攻し、エストニア全土をドイツ軍が掌握。1944年にはソ連軍に再占領され、エストニア全土がソ連に併合された。第二次世界大戦後にエストニア人民共和国が成立したが、国境線はナルバ川と定められ、町はヤーニリンからイヴァンゴロドと改名された。

ソビエト連邦の崩壊直前の1991年にエストニア共和国独立を宣言し、エストニア共和国は国際連合へ加盟した。エストニア政府は、1920年のタルトゥ条約による国境線が、1945年にソビエト政権が引いた連邦構成共和国間の境界よりも合法的であるとしてナルヴァ川東岸の領有権を主張しているが、ロシア政府は1945年の決定の方が正しいとして、ナルバ川東岸を現在も統治している。


イヴァンゴロド/Иванго́род

投稿者

Keiichi Nakanishi

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